第1回桜区市民講座 資料
「平成28年6月1日 安倍内閣総理大臣記者会見」
からアベノミクスの論点を考える


[1]講演のテーマ
「平成28年6月1日 安倍内閣総理大臣記者会見」からアベノミクスの論点を考える(※1)
 ● 頂いたテーマ
  > いったいアベノミクスって何だろう
  > アベノミクスを加速させると景気がよくなるのだろうか・・・
  > アベノミクスってわたしたちの生活に関係あるの?

[2]記者会見のポイント
 (A) アベノミクスの再加速
  これらが、日本経済にとって新たな下振れリスクとなっている。
  最悪の場合、再び、デフレの長いトンネルへと逆戻りするリスクがあります。
  今こそアベノミクスのエンジンを最大にふかし、こうしたリスクを振り払う。
  一気呵成に抜け出すためには「脱出速度」を最大限まで上げなければなりません。
  アベノミクスをもっと加速するのか、それとも後戻りするのか。
  これが来る参議院選挙の最大の争点であります

  伊勢志摩で取りまとめた合意を議長国として率先して実行に移す決意であります。
  アベノミクス「三本の矢」をもう一度、力一杯放つため、
  総合的かつ大胆な経済対策をこの秋、講じる考えです。
  世界経済がリスクに直面する今、ロケットが大気圏から脱出する時のように、
  アベノ ミクスのエンジンを最大限にふかさなければなりません。
  デフレからの「脱出速度」を 更に上げていかなければなりません。
 (B) 国民の支持
  4年前の総選挙、3年前の参議院選挙、1年半前の総選挙、国民の皆様から大きな力をいただいて、
  アベノミクスを加速することができました。
 (C) まだまだ道半ば
  雇用を創り、そして所得を増やす。
  まだまだ道半ばではありますが、アベノミクスは順調にその結果を出しています。
  まだまだ道半ばではありますが、雇用は確実に増え、所得も確実に上がっています。
 (D) もはやデフレではない
  これを間違えれば、また20年間続いたデフレに戻る。
  どんなに頑張ったって仕事がないという状況に戻ってしまうのです。
  どんなに頑張ったって給料が上がらないという状況に戻ってしまう。
  「三本の矢」によって、もはやデフレではないという状況を創り出すことができました。
 (E) 語られないこと/注目したいこと
 ● 金融政策への言及がほとんどない
  現下のゼロ金利環境を最大限に生かし、未来を見据えた民間投資を大胆に喚起します。

[3]アベノミクスの概要
 ● 旧3本の矢+新3本の矢
  > 旧3本の矢(2013年1月7日)
   ◇ 大胆な金融政策
   ◇ 機動的な財政政策
   ◇ 民間投資を喚起する成長戦略
  > 新3本の矢(2015年9月24日)
   ◇ 希望を生みだす強い経済
   ◇ 夢を紡ぐ子育て支援
   ◇ 安心につながる社会保障
 ● 毛利元就の故事
  > 1本の矢では折れる⇒3本束ねたら折れない?⇒6本束ねたら折れないか?
 ● 軸となるのは「大胆な金融政策」
  > 新しい金融政策手法(非伝統的、異次元緩和、バズーカ砲)
  > アベノミクスの成否を分ける
   ◇ (論点E)何らかの効果があったとしても、第一の矢のツケは大きすぎるかもしれない
   ◇ マイナス金利の導入(2016年1月29日)
    ◆ 市中銀行が日本銀行にお金を預けると金利を支払わないといけない
       (市中銀行とは、みずほ銀行、三菱東京UFJ銀行などの一般の銀行のこと)
 ● ひとまずまとめると、アベノミクスとは包括的かつ大規模な経済政策の束である
 ● ただし、考えて欲しいことは、経済・金融政策はタダでできるものではない、ということ
  > とくに、景気刺激のための経済・金融政策は効果が十分でない場合、支出の方が大きくなる
  > 財源は2つ
   ◇ 当該年度の税収 ⇒ 30兆円以上足りない
   ◇ 将来の税収の前借り ⇒ 赤字国債の発行

[4]アベノミクスの目的と手段
 ● 首相官邸の下線部の認識は正しい
 『どれだけ真面目に働いても暮らしがよくならない』という日本経済の課題を克服するため、
 安倍政権は、『デフレからの脱却』と『富の拡大』を目指しています。
 /これらを実現する経済政策が、アベノミクス『3本の矢』です」。 (首相官邸)
  > 日本経済が抱える課題
   ◇ 『どれだけ真面目に働いても暮らしがよくならない』
  > たしかに、1990年代後半以降の日本経済では、
    賃金の下落、世帯収入の減少、非正規雇用の増加があり、暮らしがよくならなかった。
 ● しかし、アベノミクスによって(論点D)「もはやデフレではない」
   という状況になったのかについては慎重に検証する必要がある
  > 実質賃金の下落
  > 世帯収入の減少(※2)
  > 非正規雇用の増加(※3)
   ◇ 今もなお「暮らしがよくなる」素振りはない
 ● 目的と政策手段は一致しているか?
  > 「日本経済の課題を克服するため
     ・・・・・・『デフレからの脱却』と『富の拡大』を目指しています。」
  > 物価は原因か結果か?
   ◇ アベノミクスは原因と結果を取り違えている
   ◇ 一般に、モノの値段が上がることは生活改善につながらない
  > 経済規模(GDP)が原因か?
   ◇ たとえば、2003年〜2007年は概ねGDPが増加していた(※4)
    ⇒しかし、暮らしは悪くなった
    ⇒人は景気に暮らすのではない、所得に暮らすのである
      ※ 可処分所得が改善されなければ生活がよくなることはない。
      ※ 要は、本当の意味で生活に使えるお金が増えるかどうか。
 ● なぜ、直接、生活を良くする手段を採らないのか?
  > 生活保護の切り下げ、子ども手当(⇒児童手当)の削減
  > 非正規雇用の増加(労働者派遣法、労働契約法)
  > 解雇の金銭的解決制度の検討⇒労働市場の流動化・効率化
 ● 暮らしの改善が期待できそうなもの
  > 最低賃金の引き上げ ⇒ 820円(埼玉県)⇒ 3%増? ⇒ 1000円を目指す?
  > 同一労働同一賃金 ⇒ 所得の底上げにつながるか???

[5]大胆な金融政策
 ● リフレーション政策
  > 岩田規久男(日銀副総裁、学習院大学) 、濱田宏一(東京大学・名誉)
  > デフレ(物価が下がること)が低成長(不況)の原因である
  > ならば、デフレをインフレ(物価が上がること)に変えればよい
 ● リフレ派の主張:物価は金融政策で上げられる
  > 日本銀行が、国債、投資信託(株ETF, 不動産J-REIT)等々を買い上げる
   ⇒ 代金として日本銀行券が市中銀行に支払われる
   ⇒ 市場で売られている商品の量にたいして、お金の量が多くなり、お金の価値が薄まる
   ⇒ インフレになる(物価が上がる)
 ● リフレ派に対する反対意見(多数意見)
  > 低成長がデフレの原因である
  > 暮らしが良くなれば消費が増えて物価は上がる
  > 経済学的根拠が薄弱
 ● リフレ派の論拠の誤り
  > @「市場で流通しているお金の量が増えれば・・・」タラレバの話。
     そもそも「市場で流通しているお金の量」は金融政策でコントロールできない。
     金融政策でコントロールできるお金はマネタリーベース(日銀に預けているお金)
      ここでいわれているお金はマネーストック(市中銀行に預けているお金+現金)
      理論と政策の次元がズレている
  > A資産家の投資行動しか説明しない。
     物価上昇を織り込めば、
      資産家は投資する資産を選択するかもしれないが、一般大衆は消費を控える。
  > B(インフレ・ターゲット:金融政策枠組み)2年で平均2%の物価上昇が達成できなければ
     岩田日銀副総裁が責任を取って辞任すると国会で発言したが、まったく責任を取っていない。
     ⇒ このような日銀の約束を国民が信頼して行動するだろうか?
   ◇ 物価は目標値・理論値に達していない
   ◇ リフレは物価上昇の理論である。が、物価上昇は手段であり、目的ではない
  > C経済学上の仮定が現実にも成立すると考える経済学者の倒錯
   ◇ 経済・金融政策が依拠している新古典派経済学(ミクロ・マクロ)の適宜性を疑ってもよい事態である
 ● そこで持ち出されるのがトリクル・ダウン(富が滴り落ちる)効果
  > 日銀が金融資産を買い入れれば、
     株価と不動産の価格が上がる
      ⇒ 企業と資産家が儲かる
       ⇒ 儲かったお金を遣う
        ⇒ 庶民も潤う
  > 「株価は消費につながる、買い物をすれば、モノをつくっている人にはプラスになり、
     収益があがった企業の賃金になる」
     (衆議院予算委員会での安部首相の発言、2014年10月)
 ● トリクル・ダウンは起きなかった
  > そもそも経済学的に証明されたことがない。希望や期待にすぎない。
  > 民間企業に、
     賃上げを要請(政労使会議2015年4月2日)、
     投資を要請(官民対話 2015年10月16日)。
     日銀黒田総裁の連合での挨拶(2016年1月5日)。
  > 要するに、
   ◇ 賃金は上がらなかった
   ◇ 投資は増えなかった
   ◇ 消費は増えなかった
   ◇ 物価は上がらなかった
  > なぜか?アベノミクスは庶民の不安を喚起する政策だから
     ⇒ 将来不安をなくすことが何よりも優先されるべき
  > 老後本、税金本がベストセラー
     ⇒ 老後の不安への個人レベルでの対応を迫られている!
     ⇒ 国民の不安は子育てと老後の生活に集中している。
  > 賃上げ、投資の要請は、アベノミクスの自己否定である
   ◇ 2つの要請は「大胆な金融政策」の失敗を自認していることになる。
     が、そのことに気づいていない。または、無視している。
 ● マイナス金利の導入
  > 金融政策の失敗の責任を国民に取らせようとしている。
    「賃上げ、投資、消費の増加でアベノミクスを成功させなさい」というねじれた考え方
  > 失敗を認められないため金融政策の落としどころがない、泥沼化
   ◇ 国債を買い上げて貨幣供給量を増やすという当初の政策目的・手段と、
     日銀への国債販売の意欲を減退させるマイナス金利は矛盾している
   ◇ 貨幣供給量が増えないのは、
     貸出を増やさない市中銀行と借入を増やさない企業・家計に原因があるとして、
     市中銀行・企業・家計に責任を転嫁する政策である
 ● 結局何が起きたか?
  > 日銀は年間80兆円の金融資産買い入れを行っている
   ◇ 株価と不動産価格の引き上げ
    ◆ 金融業・不動産業・建設業への利益供与
    ◆ 富裕層優遇政策(トリクル・ダウン)
  > インフレ誘導の功罪
   ◇ [円安]輸出産業への利益、輸入産業への不利益(とくに原油)
      ⇒ トータルでマイナス?(輸出<輸入)
   ◇ モノの値段(物価)が上がれば給料で買えるものの量(実質賃金)が下がり、
     物価が下がれば実質賃金が上がるが、金融政策の目標から遠ざかる、
     というジレンマに陥っている
 ● アベノミクスの社会的費用
  > 日銀の信用リスクの増大
   ◇ (基礎的財政収支の 2020 年での黒字化が)「リスキーな状況になっている」
     (黒田総裁発言2015年2月12日経済財政諮問会議)、内閣府試算でも
   ◇ 日銀引当金の増加要請(2015年11月13日) ⇒ 4500億円
   ◇ 日銀の国庫納付金の減少
  > 国の借金の増加
   ◇ 今年度の税収増分を借金返済に充てるか?
    ◆ 2016年度当初予算案:
        3兆円の増収
        予算規模96.7兆円(過去最大)
        新規国債発行額34.4兆円(前年度比で2兆円減)
    ◆ 2015年の基礎的財政収支は16.6兆円の赤字
     > 「経済再生なくして財政健全化なし」「好循環の流れを確たるものとしたい」
       (石原伸晃経済財政・再生相)
  > 株価操作のために年金基金を組み込んだ
   ◇ 約8兆円の損失(「平成27年度第2四半期運用状況」年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF))
     ⇒ 運用がうまく可能性は否定しないが、公的な年金の基金でリスクを取るべきではない。
     ⇒ 運用方法の決め方も不透明。
  > 国債格付けの低下
  >三菱東京UFJ銀行が国債入札の特別資格(プライマリー・ディーラー)を返上
    ※ 国民は包括的なリスクにさらされている
    ※ 経済・金融政策はカンフル剤・気付薬であり、長期に経済成長を約束するものではない
 ● うまくいくことを祈りつつも、うまくいかなかったときの心配はしておくべき。
   可能性のあるリスクには備えが必要。
  >財政再建の立ち後れ
    ⇒ 国債格付けの低下
     ⇒ 国債価格の下落
      ⇒ 金利上昇
       ⇒ 円の価値の低下
        ⇒ インフレ
         ⇒ 生活水準の低下
  >景気に左右されない安定した税収が必要
  >長期にわたって安心して暮らし働ける環境作りが求められる
 ● 低金利環境をどう活かすか?
  >資産運用が難しくなっている
  >定期預金金利は物価上昇率よりも低い傾向にある
  >できるだけ、将来のリスクの影響にさらされないような借入を行う


(※1)http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/statement/2016/0601kaiken.html(2016年6月12日閲覧)
(※2)アベノミクス後のデータはまだ十分ではないところがあるが、経済成長率の増減に関わらず平均世帯所得は減少してきた。 657万円(1997年) 、589万円(2002年) 、556万円(2007年) 、537万円(2012年) 、528万円(2013年) 。(厚労省)
(※3)2014年には労働者に占める非正規の比率が37%に達した。平均賃金(月額)は正規労働者より37%少ない。(総務省、厚労省)
(※4)名目GDP 500兆円/実質GDP 529兆円(2014年)(内閣府)